2007年07月01日

バーコード

今のスーパーは、その昔ストアであった。

支払いレジではお互い顔も見えたし、会話があった。
お勘定も、バーコード読取りではなく、手動計算であった。
飛躍的な便利を得て、大切な何かを失った、気がする。

それは、テレビも同じかも、である。
チャンネルを回すと、政治はもはやバラエティと化し、
政治家がタレントになり、タレントは批評家になり。

それだけ政治が身近な存在になったことは、いいことだ。
いろんな意見があることも、とっても、いいと思う。
が、問題はそのあとだ。

見る人の見方によれば、TVはある種の答えだ。
バーコードが、情報を記号化するように。

ニュース番組が、だからけしからん、で終われば、
見るほうも、それはけしからん、で終わってしまう。

けしからないとしたら、
じゃあどうする、ということを自分の頭で考えたいし、
ぶつけたいし、それを持ち寄る行動の中にのみ、
解決の糸口を見出すことができるのだ、と私は思う。

コメンテーターではなく、キャスターでもなく、
われわれ自身の持論を、どう持つか。
難しい時代だ、と思う。

今日もひねもす、支持者を訪ね、
お一人お一人のお話を伺い、じっくりと耳を傾けた。

一部、教科書ならぬTV通りのご批判もお叱りも受けながら、
しかし、実に有意義な、心の通う語らいを持つことができた。

くもり空に、バーコードのような電線。

日々の情報を記号のようにではなく、
きちんと読取る力、ちゃんと考える力を磨いてまいりたい、と思う。  
Posted by HK at 23:15Comments(0)TrackBack(0)活 動 日 記